2017年7月23日日曜日

苦悩、努力、涙、そして新たな道 2 奇跡の形意拳

自分の立ち位置まで進む時、なぜか気持ちは落ち着いていた。

恐らく、上を狙う演武をしようとするのではなく、
いつも通り自分の演武をしようとしていたからだろう。

立ち位置に付き、無極式から太極式に入った時である。
大きく息を吸いながら両手を上に広げたその時、
なんとも言えない柔らかい光に包み込まれたような気分に・・
そして何かが自分の中に舞い降りてきた。

この一瞬で先ほどまで起きていた眩暈、動悸、発熱、手の震え、脱力感すべてが消え去り
ふわぁーっと中から力が湧いてきた。
息をゆっくり吐きながら三体式(形意拳の基本の構え)に入る。

最初は鷂形から始まる。
いつも私はここで十分気を溜めてから一気に打ち込む。
その時、独立歩になる時間が長くなるが、揺れることなく安定していた。













この時自分は本来の力が蘇っていることを自覚した。
あとは、意識よりも先に体が動き、気がつけば
河北派の打たない踏み込まないいつもの自分の形意拳を行っている自分がいた。

自分の演武をしている!
そう思った。




収式に入る前、崩拳を一発入れ、最後は横拳で終わるが、
その崩拳では体全身から全エネルギーを炸裂させた。
仲間が私の崩拳には殺人的パワーがあると言ってくれたが、それを最後に打ち込んだ。

選手人生最後の形意拳。
奇跡が起きたことによって、全く悔いのない自分らしい演武ができた。
最高の気分だった。

そして包拳をしてコートを立とうとした時、
コート袖や観覧先から「好!」という歓声と共に大拍手が起きた。
知るはずがないのに、まるで私が極限状態であったことを知っていたかのように。
拍手が全くない選手もおられるのに何故私にこれだけの拍手が?
私は嬉しさのあまり涙が出そうになった。

そして選手控え位置に戻った時、
体調がまたおかしくなった。
体がとめどなく熱くなり頭も熱っぽく。
その時、既に出番を終えていた八極拳の拳友がそんな私の状態を見て
心から心配してくれ扇子で一生懸命私に風を送ってくれた。
なんと有難いことか。。
しかもこの拳友は金メダリストのチャンピオン。

その拳友に「この扇子をしばらく貸してもらえないか」と伝えたら快く貸してくれ
それを持って観覧席に戻った。
そして席には、サポートを頼んでいた弟子が私の帰りを待っていてくれた。

私の体調を知っていただけに心配もあったのだろうが、
演武がとにかく凄かったと言ってくれ、
仲間と一緒に感動して泣いていたという。
その仲間は去年の金メダリストチャンピオン。
その想いが伝わりまた私もまた目頭が熱くなってしまった。
本当に嬉しかった。

私はすぐに次の種目の出番があったので、
再度コンディションを整えねばならなかった。
弟子が扇子で手がつりそうなほど一生懸命扇いで風を送ってくれた。
水分補給をし、栄養補給をし、汗を拭い、
そして休まず風を送ってくれた弟子のお陰でなんとか熱っぽさを下げることができた。

そしてその時場内アナウンスが流れた。
入賞者の名が順に呼び出される。
これだけ皆私のことを応援してくれたんだ・・
私は自分の名が呼ばれることを祈った。

しかし私の名が呼び出されることなく場内アナウンスは終わった。
全日本と同じだった。

自信の演武だっただけに悔しかったが、仕方ない。
大会向けの演武ではなかったし、元々覚悟していたことだったから。

応援に来てくれた弟子や先生方、そして拳友仲間。
都合により急遽来れなくなった拳友。
それに、地元奈良から応援してくれている私の生徒達。
私の体を心配してくれ、心から応援してくれ、
そして感動で涙してくれたこと

このことを思うと、手ぶらで帰るにはあまりにも申し訳ない・・
次の種目も自分らしい演武をするか、
それとも勝負に出るか、
迷いに迷った。

そして決断した。
形意棍で持てる力を振り絞ろうと。
途中でぶっ倒れようが、
棍がへし折れて粉々になろうとも
とにかく力を出し切ろうと。

次の出番の集合時間まであと20分。
私は腹を決め集合場所に向かった。

続く