2017年11月16日木曜日

太極拳の技と氣のはなし

今日はKさんのプライベートレッスンの指導を行った。

「私、納得しないと先にすすめないタイプなんです」とご本人。
それはそれでとても良いことだと思う。

私もかつてそうだった。
太極拳の型を見ているとまるで踊っているかのようにか見えない。
いつ?どこで?どんな技を使っているのがさっぱりわからない。
しかし先生に技をかけてもらうと一瞬で自分の体が宙を舞い床に叩きつけられる。

このギャップこそ、私が太極拳に最も興味を抱いた点だ。

それに、技を見せないのが太極拳の技であることも後にわかった。

そんなKさんを指導して間、私は質問攻めに。
「これはどういう技なんですか?」
「これはどこを打ってるんですか?」
などなど。

それに対し私は、
「この両拳で相手が突き出した腕の骨を砕き、
右拳で肋骨を折り、
左指先で相手の目か喉を突いて、
両掌から気を発射し心臓を破裂させ、
最後にそのまま吹っ飛ばす・・」

周りにいた人たちはこんな会話を聞いてどう思っていただろう。
私は指導に夢中で聞かれたことに答えただけなのだが
こんな残酷な話を平然してしまってる自分を後になって気づいた。

いずれも、太極拳には様々な技が含まれている。
日本武道でいう、空手、柔道、剣道、合気道、相撲
これらすべての要素が太極拳に入っている。

これを8つに整理したものが、太極八法と言われるもの。
掤、履、㨈、按、採、挒、肘、靠
(ほう、り、せい、あん、さい、れつ、ちゅう、こう)

掤で相手の攻撃をさばき
履で崩す
㨈で打ち込み
按で飛ばす
採で相手を掴み
挒で相手の動きを制し
肘で骨や関節に打撃を与え
靠で体当たりする

先程あげた日本武道の攻撃方法がすべて入っている。

更に太極拳の練習を行う前には必ず気功を行う。
気を練ることを練功というが、これによって力学上の技だけではなく
気を発射するという技が加わる。

太極八法の技にはまたそれを防御する技もある。
力学対力学の戦いになるが、その選択を瞬時に行わなければならない。

これは頭から指令を送っていたのでは間に合わない。
だからこそ普段からしっかり体を鍛え技を練る。
それによって頭ではなく勝手に動く体をつくりあげていく。
理屈ではなく、練習あるのみということになる。

しかし気を発射することに関しては受ける側は防御する術がない。
気は肉体だろうがコンクリートだろうが金属であろうがなんでも貫通してしまう。

これを防ぐ方法なないのだろうか?

氣による攻撃を防ぐ方法は・・
それもまた氣である。
また、氣で負ったダメージを治すのも氣しかないと言われる。

いわば気功によって
攻撃だけではなく防御力をも身につけることができる。
更に気功治療にも使え、
気功により免疫力、治癒力が上がるので怪我だけでなくあらゆる病気をも治してしまう。

先程私は太極拳に興味を持った理由は、見た目の華やかさとは裏腹に恐ろしい技が隠されている点と述べたが、
今、私が伝統太極拳を広めようとしている理由は、上記のことが理由である。

病をこの世から完全に失くすことは出来なくとも
病を未然に防ぐ方法、病を早期に見つけ治す方法を皆が身につければ、
人はもっともっと人生を楽しめると思うからだ。

これこそが私が生まれて30年間病で苦しんできた理由であり
健康の尊さを知ることができた私の役目だと思っている。

2017年11月15日水曜日

丹田氣圧

丹田に氣がたくさん集まってくると、
体が張り詰めたような感覚が得られる。

何で張り詰められるかは、よくわからない。

空気のような・・
水のような・・
はたまた光のような・・

丹田の氣の圧力が上がると、体全身の膨張率が均一になる。
学校で習ったパスカルの法則だ。

体全身が氣で満たされた感覚が得られ始めると
それがどんどん膨れ上がり皮膚で持ちこたえられなくなり
やがて体から氣が漏れ出す。

この状態に至ると、心に大きな変化が起きる。
全く恐れのない感覚。
全く不安のない感覚。

確かにこの状態で推手をすると、相手が動く前から動きを読むことが出来るし
どのような形で打ってこられても軽々といなすことが出来る。
それもそのはず、相手が打ってくるのが予め解っているのだから。

この状態になるには、
たっぷりと身体をほぐし、
たっぷりと立禅を行う。

「今日はもうしんどいからやめよう」と思ったらそれでおしまい。
氣で満たされた感覚を得るのはその先にあるから。

頭のてっぺん(百会)からパワーがどんどん入ってきて、
全身があたかも光の塊のような感覚を得る。

丹田の氣圧がマックス状態になると起きるこの光膨張現象。

こんな話をすると頭がおかしくなったのではないかと思う人もいるだろう。

でも考えてみて欲しい。
人間の体は何で出来ている?

筋肉?
ではその筋肉は何で出来ている?
タンパク質?
ではそのタンパク質は?
アミノ酸?
アミノ酸は?
リボソーム?
リボソームはリボンのような形をしており、
ぎっしり詰まっていると思っている筋肉そのものだってスカスカなのだ。

更に量子的に見ると、
それさえも原子核の周りに電子が回っている原子構造の集大成。
まるで太陽の周りを公転する地球のよう。

その原子核と電子の距離にしても、
仮に原子核が直径1㎜としたら電子までの距離は大体50mと言われる。
もうホントにスカスカで、
人間が透けて見えないのが不思議なほど。

なぜ透けて見えないかは引力と斥力が関係していると言われる。
ちょっと難しい話になってしまうので、話を戻すが
とにかく、人間は宇宙そのものであるということ。

だからこそ宇宙と繋がることが出来る。
その方法のひとつが禅である。

私が何故武術を続けているかというのは、
演武が上手くなりたいとか、
喧嘩に強くなりたいからではない。

まだ見ぬ人間の可能性をとことん追求したいからである。

2017年11月7日火曜日

氣の重さ

今、気功をたっぷりやってみた。

スワイショウに時間をかけ、軸から生み出されるパワーを味わう。
とても気持ちがいい。

立禅では様々な氣の巡らせ方があるが、
いつもの如く、天地人を意識した大周天て氣をめぐらせる。

足裏から天へエネルギーが突き抜ける感覚。
天から体内にエネルギーが入り込む感覚。
またそれが足裏に落ちる感覚。

立禅で両掌を向かい合わせるとすぐに氣が集まってくる。
氣のボールには幸福感や勇気などのやわらかくも強烈なエネルギーを掌で感じる。
このボールには不安や恐怖感など一切ない、
ただただ、ひたすらパワーを感じる。

幸せが自分の手の中にあるなんて、おもしろいし、
なんだかメルヘンチックだ。

これを、体の中に取り込むとエネルギーが注ぎ込まれ元気を生み出す。
まるで新たな魄を得たような感覚。

からだが氣のパワーで満ちた状態で体調を崩すことはない。
仮に崩したとしてもすぐに治る。
ぶつけたり転倒したりした痛みや怪我もわずかで済み、しかもすぐに治る。
この氣の塊は世界最強の治療薬と言いたい。

太極拳を行っていて体調が悪くなるということは間違った鍛錬法を行っていると言うこと。
すぐに中止し、正しい気功法、鍛錬法に正して欲しいと思う。

それに、指導していていつも思うことは、
稽古をサボってばかりいる人はしょっちゅう体調を崩している。

もし、ドラッグストアに副作用の全くない何にでも効く万能薬が売っていたとしたら絶対買わないだろうか?
気功や太極拳を十分実感している人なら私が何を言わんとしているかわかるはず。

ところで立禅と太極気功を行っていて感じること。
いわゆるその氣の重さである。

鉄の塊を持っているような重さではなく、
それはまるでふわふわの綿のようにやわらかいのに
不思議なことにズッシリとした重みを感じる。

これは一体なんだろう?

ここで感じたことは、
氣のひとつの捉え方として重力波なのではないかと。

確かアインシュタインの相対性理論では重力は光をも曲げる力を持っていると覚えているが
もし、自分自身でこの重力を生み出すことが出来るのだとしたら
人間はドエライいものを作り出すことができると言うこと。

実際に勁力を測定する実験が行われた例があるが、
氣の力によって生み出された勁にはとてつもない破壊力があり、
3センチぐらいの距離から打ち出した拳で100㎏程のコンクリートの塊を吹っ飛ばすパワーが確認されている。

形意拳の達人であった郭雲深が崩拳で壁をぶち破ったとの逸話があるが
まんざら嘘でもなさそうだ。

以前、氣は水であり、煙であり、光であり、電気であると書いたことがあるが
重力波でもあるという仮説。

重力をも生み出すことの出来る人間の可能性に益々興味が湧く。
この世界は実におもしろい。

2017年11月4日土曜日

武者修行

先日の武者修行で得たこと。

4時間ぶっ通しの稽古で得たものは、とてもではないが言葉では言い表せない。

帰りの新幹線と電車の中でその日の稽古を振り返り
思い出す限り師から教わったことを書きだすこと約3時間半。

しかし書いたことはあくまでも言葉やイラストに過ぎず
最も自分の中で衝撃を受けた感覚はどうしても言葉にできない。

解ったことは、
自分が知ってる内家拳は氷山の水面下約数センチ足らずの部分だと感じたこと。
その奥深い世界は師と手を合せして始めて知ることになる。

去年もショックを受けたが、今回もまたショックを受けた。
それほど想像を絶する世界。

これまで何度も書いてきたことだが、
手を合わせてみなければわからない感覚と言うのは
今後どれほどITが発達しても人からでなければ決して得られないもの。

一生決して使うことのない殺人技を教わり、
それを使えるようにしておくことの大事さ。

よくわからないが、自分にとって必要なことだけはなんとなくわかる。

更にもっともっと修行を積まねばと思った。

2017年11月1日水曜日

疲れを知らない太極拳

昨夜の稽古の時、
60代のHさんがとても嬉しそうにこんなことを話してくれた。

「今日、山の辺の道を歩いてきました」
「20キロ歩きましたが全然疲れなかったし、こうして今日も稽古に来てます」
「太極拳やっぱりすごいです」と。

こういう話を聞かせてもらえると、
4年半前この会を立ち上げて本当に良かったと思える。

思えば私も太極拳を始める前、長年の在宅ビジネスでめっきり体力が衰え
20キロどころか、数百メートル歩いただけでも息切れし、
しかも足が立たなくなりその場にしゃがみこんでいた。

一日平均15時間パソコンの前に座りずっと仕事。
現実と仮想の区別さえつかなくなりそうになっており
毎日起きる酷い頭痛、腰痛、肩こり。

当時30代だった私は60代のHさんに体力で完全に負けていたことになる。

いずれもこのままでは良くないと思い始めた太極拳。
それからみるみる体力を取り戻した。
そして精神力も上がってきた。

頭痛や肩こりからも解放され、老化しまくっていた私の体は若さを取り戻した。
ビジネスも上向きになりサラ金の借金生活から、日本と海外の二重生活が出来るまでに。

それから2年後には幼い頃からの夢だった飛行機の操縦をバンクーバーの空で体験したりもした。
自分で握る操縦桿で空を飛ぶ。
小学生の頃の夢が30年以上経って叶った。

太極拳が私に与えてくれたものは健康だけではない。
単に風邪をひかなくなったとか、そういうレベルではない。
ここに書きだしたらキリがないぐらいのものを得た。

だから、太極拳によって「変わった」という話を聞かされるのはすごく嬉しい。

その一方、昨日もある人から辞めるとの連絡。
無論辞めるのは本人の自由だが、
太極拳で手に入るものを知らないから簡単に辞めることができるのだと思う。

健康、お金、時間、友達、強さ、心のゆとり・・
そして太極拳でしか得られない空間との一体感を得られるスピリチュアルな世界。

太極拳をラジオ体操感覚でおこなうのもよし。
しかし、太極拳で得られるものはそんなものではない。
普通の人生では決して得られない世界に入ることができる。

これまでと見える世界が変わって来る。
悪いことも辛いことも風のように去って行き、次々と起こる輝かしい未来。
あらゆる柵から解放され、自分の歩む人生が一筋の光のように見えてくる。

これこそが禅に求められる世界なんだと思う。

辞めるのは自由だが、大きな財産を目の前にし簡単に諦めてしまって良いのか?
「人生なんてこんなもん」なんて思ったら終わり。

一度きりしかない人生、
まだ見ぬ世界を知るため
登れるところまで登りつめたいと思う。