2016年8月12日金曜日

技ではなく立禅・套路から入る理由

映画「推手」で、太極拳の達人である主人公が、弟子が技を教えて欲しがるから指導を辞めるというシーンがある。

なぜだろう?と思った。

その理由が後になってわかった気がする。

仮に立禅も套路練習も行わないでいきなり技だけを覚えたとする。
多分、その技は使うことができないだろう。

太極拳の技はカタチではなく、基本が出来ていなければ使えない。

このことを説明しようとするとかなり難しい話になりそうなので、
簡単に言えば、太極拳の技は力を使ってかけるのではないからということ。

もし力を使う技ならその場で覚えてその場で使えるだろう。
しかし太極拳は違う。
力を使おうとすると技の威力がなくなり、
或いはそのことで相手の力に負け自分が崩れてしまうことになるだろう。

こういうことを経験するためにも推手や散手はとても重要だと思う。
いわゆる技を覚えるためだけではなく、基本の重要性を知るためにという意味でも。

太極拳の技を技として使えるようになるには、まず立つことが要求される。
なぜなら手や脚の威力で戦うわけではないから。

立つといってもただ立つのではなく、正しく立ち、そして極限までゆるめる。
よく「地球の力を借りる」という言葉が使われるが、
逆に言えば自分が地球の一部だと感じることだと思う。

大きな岩を動かすことは出来ないし、その岩を殴ったり蹴飛ばそうとすると自分が痛い目に遭うだろう。
岩はなにもしていないのにだ。

これは自分に言い聞かせるためのことだが・・
太極拳で強くなりたかったら、まずは立つこと。
ひとすら立つ。

立てなければ技は使えない。

次に套路を練って練って練りまくる。
師匠曰く、「套路に全てが入っている」と。

套路もまた立てなければ、ゆっくりぶれずに動くことはできない。
踵脚や擺連脚だけが片足になるのではなく、
ほとんどの技が両脚で立ってるように見えて実際に相手を打つ時は片足で立つ形になる。

因みに踵脚や擺連脚で大事なのは上げる方の脚ではなく、上げない方の脚。
「脚が上がらない」と良く聞くが
脚が上がらないのではなく、上げない方の脚で立ててないから。

長くなりそうなのでこの辺にするが
立禅と套路をやり込んで行くことで、太極拳の実力は確実に上がっていく。

その実力とは単に技が上手く使えるようになるというだけのことではなく
体を支える力を養い、
免疫力を上げ、
中から外へと細胞に活力を与え
そのことで肌にハリ艶を与え、
そして心の安定が得られる。

やはり太極拳は素晴らしい。