2013年10月28日月曜日

内功を経て長拳へ

またソファーで寝てしまった。

昨夜、剣の套路を剣を持たず、気を沈めながらスローモーションのように套路を練ったら、体がポカポカと。
それに心地よい疲労感。
丁度お風呂上がりのような感じになり、そのままソファーにという感じで。

そして、今朝起きて、なんとなく気功の体操をしていたら、妙に体がかろやかに動き、ついでに操手も行い、その流れで快練へと。
こんな風にたまに太極拳の技を早い動作で行ってみるというのを本能的にすることがある。

そこで気づくことは、体を緩めれば緩めるほど手の動きが速くなるということ。
もし、手に筋肉が一切なく、単なる紐だったとしたら、どうやってその手を前に振り出すことができるだろう?
そんな風に考えると自然と腹から動くということに気づかされる。

腹というのは、丹田であり、腰であり、股関節であり、
ようするに腹のあたりという感じ。

思うのだが、こういうことって、頭で理解しようとしてもなかなか体がそれに反応してくれない。
というより、頭で考える時点で?マークが出たら、もうその時点で終わりだ。
「丹田から丹田から」と言っても、例え丹田の位置がどこかわかっていても、その使い方がわからなければ、キーを回さなければエンジンがかからないのと同じだ。

しかも丹田から動くということは、キーを回す以前にキーの穴すらどこにあるかわからない。
暗闇でキーの穴を探そうとする時、手探りで何度かそのあたりつ突くことになると思うが、要するに、突いてみないと解らないって感じなんだと思う。

元々私は頭が良くないから、考える前に行動する癖があるが、お蔭で20代30代の頃は数々の失敗をした。(実際には今もだが)
お蔭で成功する方法より失敗しない方法をたくさん知ることが出来た。(苦笑)

いずれも、「考えてから動く」ではなく、「動くことによって悟る」っていうほうが私はしっくりくる。

話がすでにタイトルから脱線しまくっている。(笑)

そんなこんなで、速い動きの練習をしていたら、以前習った長拳をしてみたくなり、やってみた。
今までで一番良かったんではないだろうか?

子供たちは最初から長拳をしたがるが、太極拳から始めればいいのにと思う。
中を作ってから長拳に入ったほうが、本当の意味でのパワーの出し方がわかるような気がする。
※因みに、内面の鍛錬を内功(ないこう)と言う。

カッコよさだけの長拳ではなく、パンチひとつとっても腕力で突き出すのとは異なりキレのあるパンチが出るし、しかも突き終わる瞬間、腕から拳にかけてズドーンと重いものが走るのがわかる。
鉄球が飛び出す大砲のような感じだろうか。

パンチをパンチとして出そうとすると、明らかに形だけの動作になるということが見ていてもわかる。

今、少林太祖長拳(しょうりんかいそちょうけん)というものを習っているが、今やってみたら、なんだかいい感じだった。
2週に渡って覚えた技は、わずか2秒ぐらいの技。
しかし、中を感じながらひとつひとつの動作を丁寧にやると、やたら味が出てくるし、やっていて気持ちがいい。

老師は套路だけではなく技の使い方も教えて下さるから、余計に興味が湧くし、実際に興味を持ち始めている。(笑)

長くなりそうなので無理やり結論に持っていくが、

10年前に通っていた太極拳教室の先輩が仰った。
「ゆっくりが出来なければ速い動きも出来ない」と。

10年経った今、わかったという感じだ。

まあ、それにしても、子供たちに太極拳を10年やってから長拳をやりなさいと言っても無理かな。(笑)