2013年4月30日火曜日

形意拳のおさらい

自分の形意拳が最近おかしい。
形意拳といっても今習っているのは基本となる五行拳なのだが。

初めて2~3か月ぐらいの頃が一番良かったように思える。
細かな手の位置や転身の時のスムーズさなどは1年経った今の方が良いと思うのだが、問題は跟歩(こんぽ)だ。

一番最初、無駄に足を地面に叩きつけ音を鳴らしていたが、それは違うとすぐに先生と先輩に指摘された。
いわゆる震脚(しんきゃく)ではないのだ。
そもそも「跟」の意味が「ついていく」「一緒に行く」という意味だから。

だから、地面に足を叩きつけるのではなく、実際はついてくるだけだから、体重の重さだけで落ちるだけ。

前足は滑り出すように、後ろ足は体重だけで落ちるように。
その時に三体式(さんたいしき)のフォームになっていなければならない。
動くと結構フォームが崩れてしまう。

いずれもやればやるほど、跟歩が怪しくなる。
その証拠にやり終えた後の疲労度が激しい。
疲労度が小さく長時間戦えるのが内家拳の特徴なのに、数分~数十分程度の形意拳の練習で疲れていては意味がないし、何か自分に問題がある証拠だ。

恐らく踵から着地し、やはり無駄に足を地面に打ちつけているのだろう。
踵からドスンと落とせば腰に響き、腰痛の原因になってしまう。
これだと不健康な形意拳になってしまう。

健康的な形意拳とは?(笑)
跟歩は踵から着地するのではなく足裏全体で着地するのだと先輩から教わった。
きっとそれがおかしくなってきてるんだろうな。

仲間達に「いい音してますね」と言われるからついついいい音を出そうとしていたのかもしれない。
そういえば形意拳は打楽器ではなく拳法なのだった。(笑)

2013年4月29日月曜日

申し訳ないです・・

未だブログの使い方がよくわからず、今日なんとなく管理ページの統計というリンクをクリックしたら意外な発見が。

まだ始めたばかりだし、私のブログなど見ている人は自分ぐらいだろうと思っていたが、
国別のアクセスを調べると、なんと日本の次にロシア、アメリカ、ドイツ、韓国というデータが出てきました。

ロシアで私のブログが読まれてる??

想像も出来ませんが・・
とにかく先に謝っておきます。

あくまでも発展途上の私が現時点で感じたことを思いのまま書いているだけですので、間違いも多々あるかと思います。
ですので、その際はどうかお許しください。

とにかく、今、太極拳が楽しくて仕方なく、話さずにはいられないのです。
話したいことがいっぱいありすぎて、ついつい調子に乗り過ぎて周りにも散々迷惑かけてしまいました。(苦笑)

だから、話したいこと、喋りたいことはブログで思いっきり喋ろうと。
要するに独り言です。

そうはいっても、折角見てくださっている方がおられるのですから、これからはもうちょっとマトモな記事になるよう心がけたいと思います。(ならないかもしれませんが;)

まだまだ未熟な私ですが今後とも宜しくお願いします。

2013年4月28日日曜日

実際の太極拳は長拳並に速い

速さでいうと、長拳や、いわゆる少林拳などの剛拳をイメージするだろうが、実際の太極拳は凄まじく速い。
その力や本当の威力を普段見せないのがカッコいいんですよね。

というより、太極拳=ゆっくりとした型 というイメージが出来ているけど、そもそも型は技術や力量を上げるための練習法に過ぎない。
実際は型どおりに戦いが進むわけではないし。

ギターやピアノでも速いパッセージを弾こうとするなら、まずゆっくり練習して、徐々にスピードを上げていくが、そうすることで速く正確に弾けるようになる。
だから、普段見る太極拳の姿は結果ではなく原因なのだと。

太極拳が初めて生まれた時は、型からではなく戦術からだったと思う。
相手がこうきたら、こう攻略する・・というふうにまず戦術を編み出し、それを実践で使えるように、型や推手、散手などの練習法、鍛錬法が編み出されたのだと考えるのが自然かなと。(あくまでも私の勝手な解釈だが・・)

いずれも実際のスピードは長拳と何も変わらない。
ただ、長拳の場合は、最初から戦う時と同じスピードで練習するが、逆にゆっくり練習するというのがない。
だから、見ればどう戦うのかすぐに察しがつく。

だが、太極拳は型を見ているだけではぜんぜん解らない。
これこそが太極拳のおもしろさなんだと思う。

今、全日本出場のために太極刀の練習をしているが、ある先生から「姿勢はいいけど、演武が雑」とのお言葉を頂いたので、今は可能な限り気を練りながらスローで練習している。

楊式太極刀は太極拳とは異なり、動きが速い。
でも、速いものを速いままに練習してしまうと、確かに動きが雑になる。

最近ゆっくりと練習するようになってから、一動作に対しての緻密度が上がってきたように感じている。
今後どうなっていくのかが楽しみだ。

2013年4月27日土曜日

今日の推手

大阪の道場で今日も推手。
生徒同士の推手では相手の力に合わせる練習だが、先生との推手はそう生ぬるくはない。

手を合わせた瞬間から完全に先生のペース。
鼻っから軸を崩されてしまう。
まるで回転が落ちてきてフラフラしているコマのように。

何故そうなるのかが解らない。
こういうものは頭で理解するものではなく体で知るものなんだろうな。

ひとつ解るのは、こちらがいなす速度より先生が突いてくる速度の方がはるかに速い。
だから体勢を整える暇もなく、いつでもすっ飛ばされる状態だ。

相手の力を読み切れてないのか。
それとも腰の回転が鈍いのか。
手の返し方が足りないのか。

ま。全部なんでしょうけど。(笑)

推手全国チャンピオンでも先生には敵わないのだから、私なんぞにいなせるわけもないのだが、
せめて10秒、いや5秒でも持ちこたえられるようになりたい。

あと、20年掛かるかな。(苦笑)

2013年4月26日金曜日

歩形の重要さと指導について

今日のサークル活動では、縦長の部屋の端から端までめいいっぱい歩形・歩法の練習をした。
これをやるのとやらないではかなり違いますね。

その後の会員さんの演武が一気に飛躍しました。
思わず拍手。(笑)
歩形が出来てくると演武全体が美しく見えるから不思議だ。

逆に手がどれだけきれいに出来ていても歩形が出来ていないとぜんぜん太極拳に見えない。
歩形や歩法は太極拳の技をつかう上で最も重要な可動部だし、足が出来ていなければ頸を発することもできない。
いわば大砲の架台となる部分で、手だけで威力を出そうすると体ごと崩れてしまいかねないわけだ。

それにしても、まだ4回目なのに、これほど早く上達しても良いのだろうか?
会員さんの意欲やセンスはもちろん素晴らしいが、私の指導力もまんざらでもないと思った。
このままだと、会員さんに抜かれてしまうのは時間の問題だ。(笑)

というより、私はそれでいいと思っている。
ビジネスでも数多くの人材を育ててきたが、私が10年掛かって習得したことをわずか数か月でこなしてしまう。
そして実績でも抜かれてしまう。(笑)

多分、私のとりえは鈍さだと思う。
鈍いからなかなか覚えない。
だから長年苦しむ。
だから、解らない人の気持ちが人一倍解る。

そして、どうすれば上達するか、たくさん失敗して試行錯誤を繰り返してきているから、その方法を導き出すための引き出しが多い。(と思う)
天才肌の人に憧れることもあるが、私は鈍才で良かったと思う。

子供の頃、友達から、どんくさいと馬鹿にされたが、どんくさいも捨てたもんじゃないと思った。(笑)

2013年4月25日木曜日

わからないのが楽しい太極拳

サークルの会員さんに、「その後、家で太極拳やってみられましたか?」と尋ねてみたら、
「やってみたんですけど・・」とのご返答。

私はここで100点満点を差し上げたいと思った。(笑)
大事なのは出来たかどうかじゃなく、やってみようと思ったことだから。

結果的に「出来なかった」というのは覚えるための大きなステップになるんですよね。
逆に言えば、「出来なかった」というのがなければいつまでたっても覚えられないと思います。

始めるまでは簡単に覚えられるかな?と思うのだが、実際やってみようとすると頭が真っ白になる。
空手や剣道ならその場ですぐに出来るのに、なぜ太極拳になると簡単に覚えられないんだろう。

多分普段しない動きだからだと思う。
私生活であんな動きしないし、街でもあんなふうにゆっくり動いている人みたことないですもんね。
もし、いたとするなら他人の家に忍び寄ろうとしているドロボーさんぐらいではないでしょうか。(笑)

要するに今までの経験が全く生かせないのが太極拳なのだと思う。
それにゆっくり動くということは早く動くより、一動作に対しての情報量が半端じゃなく多い。
だから簡単そうに見えて難しい。

先生がゆっくり手本を見せてくれてるのに、「すいません、もう一度今のところをスローモションで見せていただけませんか?」とお願いするが、そもそも太極拳は最初からスローモーションなのだ。
先生も「だから今スローモーションでやったじゃないか」と言わんばかりの困惑顏。(笑)

この「出来ない」を「出来る」にする、ギャップを埋める作業こそが太極拳の醍醐味なんでしょうね。

2013年4月24日水曜日

弓歩より虚歩の方がツライ

こう思ってるのは私だけだろうか?

制定拳の教室では、とかく弓歩(きゅうほ)でつま先より膝が出ないようにと教えられる。
伝統拳では特にそのような注意を受けたことはない。
が、楊式太極拳でも呉式太極拳でも、かつての中国の老師の写真を見ると結構膝が出ている。

そもそも、膝とは曲げたり伸ばしたりするための関節だ。
例えば、仆歩(ぼくほ)の時は否応なく膝がつま先より出る。
不思議なのが、なぜ仆歩の時の膝の出っ張りは良くて、弓歩がダメなんだろうかと。

問題なのは、曲げたままでの滞留時間の長さなのではないかと思った。
普段の生活で、膝がつま先より出ることは頻繁にあるはずだ。

それより、良くないと思われるのは膝のねじれ。
つま先と膝の方向を一致させることはすごく大事だと思う。
なぜなら、これをしなかった頃はしょっちゅう膝が痛かったから。(苦笑)

特に内側のねじれはダメージが大きいようだ。
膝は曲げ伸ばしする関節であって、回転する関節ではないんですよね。

ところで私が簡化太極拳をしていて、一番ツライと思ったのは虚歩。
伝統での楼膝拗歩(ろうしつようほ)ではそのまま前進するが、簡化ではつま先の方向を変えるために一旦下がる。
この虚歩(きょほ)の状態の時に後ろ足にかかる負荷がかなりツライ。

足を曲げた状態でその上に座る感じになるが、弓歩よりこの虚歩で膝を壊してしまうことの方が多いのではないだろうか。(と私は思うのだが・・)

ただ、形意拳の三体式(さんたいしき)を毎日やっているとこの虚歩に強くなる。
しんどかったことすら忘れてしまうほど、ラクラクと虚歩が出来るようになる。

三体式は地味で退屈な練習だが、これをやる特典はかなり大きいと思った。(笑)

2013年4月22日月曜日

ブランクを埋めるために・・

実は私、太極拳をいつから始めたのか不明なんです・・

過去の資料を整理していたら2004年の大会に出場しているので、単純に9年かな?と思っていたのだが、いきなり大会に出た記憶もないので、もしかしたら、10年になるのかもしれません。

が、
拳歴なんてあまり関係ないことが、最近わかってきた。

自主練の時ちょくちょくビデオカメラを回しているのだが、去年のビデオを観るとまるでヘタクソだし、その前の年なんか話にもならない。

ブランクありながらも、自分なりに頑張ってきたつもりだが、
要するに普段どんな練習をしているかで、この先1年、5年、10年と、大きく違ってくると感じた。

自分なりの練習方法を確立したのは、つい半年ぐらい前からだし、
意識しなくとも姿勢を極端に崩さず演武できるようになってきたのもつい最近のこと。(まだまだですけどね)

それまでは、演武しながらも自分に言い聞かせるように。
時には声に出して、
きょれいちょうけい、がんきょうばっぱい、しょうよう、ぶんきょじつ・・と。

いずれも明確な目標があると、練習の濃度が濃くなりますね。
だから拳歴はあまり関係ないと思いました。
もちろんある程度、年月が経たないと備わってこないこともいろいろあると思うけど。

今年は試合出場とサークル立ち上げを目標にしていたので、おかげで普段はめんどくさい練習もまめにやるようになったし。
特に站椿功(たんとうこう)なんて、ぜんぜん面白くない。。

でも、これをやることで何が変わるかわかってきたし、それがわかるとつまらなかった練習も楽しくなる。

いずれも、今までの約10年は自分の練習方法をみつけるための練習。
だから、本当の練習は今日からなんだろうな。(笑)

2013年4月18日木曜日

肩~肘~手首

以前、三重で習っていた教室で、先生がいつも呪文のように言う言葉だった。
でも、残念ながらその具体的な説明はなかった。

かたひじてくび?
いったい何をどうすればいいのかと。

それが最近になってようやくわかってきた。(いつも気づくのが遅いです)

それは、肩-肘-手首の順番に動かすということなのだと。
昔流行ったスネークダンスのように、にょろにょろと。

まあ、それはちょっと極端にしても、実際その順番に関節を動かしていくといいますか、
丹田から湧き出た気がその順番で流れていくというのが本来の意味であることがわかりました。

消防車のホースに水を通すと、ヘニョヘニョのホースがピーンとまっすぐになるが、ああいう感じなんでしょうね。
筋力じゃなく、気が通ることで手が伸びてくる。
そして掌や指先から頸を発射するという。

だから、実際には、腹-胸-肩-肘-手首-指-空間 というのが全てのルートなのだろう。
もっといえば、腹=丹田で、その丹田はいわば原子炉のようなもので、それに必要なパワーを大地から足裏を通して汲み上げてくる。
まるで植物ですね。

スネークダンスも、自分の手や体の中に蛇がいるような感覚で踊るが、太極拳もそういう意味では共通点があるように思う。
いずれも、肩から指まで計6か所しか関節がないのに、まるで関節がないかのようににょろにょろ見えるのは本当に不思議だ。

人間ってすごいですね。
道具を使わなくたって、不思議な動きや芸術的な動きが出来、しかも天と地のエネルギーを体内に取り込みそれを頸に変換することで威力を発することが出来るのだから。

2013年4月17日水曜日

表演系?武道系?

私は、表演系なのか、武道系なのかどっちなんだろう?
多分、7:3ぐらいで表演系だと思う。

20代の頃はずっと音楽活動をして、それに当時ダンスへの憧れも強かった。
特にフラッシュダンスに始まるジャズダンスとマイケル・ジャクソンによるブレイクダンスは衝撃だった。
が、音楽活動一本やりの私は残念ながらダンスを習う余裕がなかった。

一方、武道への関心もないではないが、自分がアーティスト系だと考えるとどうもあの男臭い取っ組み合いが苦手だ。
そもそも暴力が嫌いだし、戦争も大嫌い。

が、常に平和が続くわけでもないと思っている。
第二次大戦後の日本はずっと平和が続いているが、その半面で凶悪な殺人事件が増えている。
いつどんな災難に見舞われるかわからないし、いつかは戦わなければならない日が来るのかもしれない。
だから、それに備えて力をつけておくことは大事だと思っている。

そもそも太極拳は戦うための武術ではなく守るための武術だと最初に教わった。
だから災難に見舞われたら一目散に逃げ、逃げ切れなかった際、最後の手段として使うものだと。
ジャッキーチェンを見ていても、いきなり戦わずまず逃げてますよね?(笑)

話は戻るが、私が最初に習っていた教室で、ある女性の先輩からこう言われた。
「あなたのはダンスみたい」と。
私は、この言葉にしばし至福感を感じてしまったのだから、やはり7:3ぐらいで表演系なんだろう。(笑)

なので、今後も表演会や競技会等には積極的に参加したいと考えているし、
同時に、推手や散手などを通して戦術としての太極拳も学んで行きたいと思っている。

性格が欲張りなんでしょうね。
どんなに美しい演武が出来ても実戦に役立たないのであればつまらないし、
逆に、どんなに強くても無骨なのは嫌だ。

目指すは、強く美しくです。(笑)

2013年4月16日火曜日

伝統太極拳への思ひ

ブログを始めてから結構いい勢いで書き綴っておりますが、
どうやら9年間我慢していたうっぷんが爆発してしまったようです。

伝統拳では秘伝や奥義が多いため一般的に情報を公開することが許されませんが
そのため話したくてもぐっと辛抱しなくてはなりません。

やはり伝統は伝統として守らなければならないし、下手に公開してそれが乱用、悪用されてしまえば世の中に悪影響を及ぼしてしまうでしょうし、その勢力が上回ってしまえば本来の伝統が消滅してしまうことも考えられるでしょう。
それは高層ビルを建てるために古い神社を取り壊してしまうようなもんです。

なので、情報を閉鎖するという意味はとてもよくわかります。

だが、性格上、知っているのに黙っていなくてはならないということがストレスに感じるタイプなので、その辺は自分との葛藤です。

いずれも私は正式に伝統拳の師に弟子入りしたことがないので、私が持ってる情報などその秘伝のごく一部だと思います。
無論その一部でも公開は許されていませんが。

最近ではPCや携帯端末の凄まじい普及で、そのメディアによって太極拳がどんどん世に広まりつつあります。
つい1年程前までは動画サイトで観れる太極拳もごくわずかでしたが、それが最近では爆発的に増え驚くばかりです。
今では、ヨガが大流行していますが、やはり時代の流れで人々が癒しを求めているのでしょう。
太極拳を癒しとして始める人も少なくないと思います。

そこで気になるのが、メディアの発展と同時に伝統太極拳が徐々に埋もれていってしまうのではないかという心配です。

簡化太極拳は現代のニーズに合った素晴らしい太極拳だと思いますが、ルーツである伝統楊式太極拳がビルの狭間にあるお地蔵さんのように誰からも見向きもされなくなるのではないかと考えると非常に寂しいです。

伝統は伝統でこれから何百年、何千年と引き継がれていって欲しい。
そういう気持ちを込めて、この4月から伝統太極拳のサークルを立ち上げました。

微力ながらも伝統を引き継ぐその一員になれればと。

2013年4月15日月曜日

練習カリキュラム

現在行っているサークルでは、まず柔軟運動から始めている。
次に抜筋骨ともいわれる鬆身法を行い、その後に立禅、動禅、発頸の練習。
ここまで行って初めて太極拳の練習に移る。

ハードのストレッチ運動や筋トレ、突きや蹴りなどの練習は行っていない。
なぜなら太極拳の技は筋力で打ったり蹴ったりするのではなく、意によって気を操り、頸力で相手を打つからだ。
なじみやすい言葉で言うなら、ドラゴンボールのカメハメ波ですね。(笑)

なので、楊式太極拳だけをするのであれば、頸力を高めるトレーニングの方が重要だと考えます。

練習内容は、東京の道場で習った内容とほぼ同じ。
多少不要な部分をカットしたり、必要と思われる練習をプラスしたりはしているが、基本的にオリジナルは取り入れていない。
あくまでも伝統の鬆身法、気功、太極拳にこだわっている。
なぜなら、歴史があるということには大きな意味があると考えるからだ。

因みにカットしているのは、改良型の鬆身法を原型に戻したり、重複する動作を削除しシンプルな形にしている。
改良型は確かに応用が効くよう作られているのだが、覚えるには少々困難だからだ。

プラスしているのは、後々楊式太極拳の技として出てくる、難易度の高い下勢(かせい)を普段からトレーニングしておくことでスムーズに出来るよう工夫したり、
あとは、立禅によって高めた気功を太極拳へとスムーズに移行できるよう、その中間とも言える動禅を加えた。

伝統拳といえば無骨というイメージがあるが、美を意識して内面から演武すれば風格ある動きが滲み出ると私は考えるし、少なくとも私はそれに挑戦しています。

目指すは内面から湧き出る本格派太極拳という感じでしょうか。

2013年4月14日日曜日

太極拳はホントに健康に良い?

太極拳というと健康体操というイメージが一般的なようだが、ホントにそうなんだろうか?

確かに、太極拳を始めてから、衰えていた体力を取り戻したし、慢性的な腰痛や肩こりからも解放された。
しかも楊式太極拳の型を一通り行った後は格段肌艶が良くなっている。

そもそも私が太極拳を始めようと思ったきっかけは、極度な体力の衰えを感じていたから。
仕事で一日中パソコンと向き合っている生活をし、それが理由で慢性的な頭痛と腰痛、肩こり、目の疲れに悩まされ、しかも体力が衰える一方で歩くことさえ困難になっていた。
スーパーでちょっと買い物をしているだけでもすぐに疲れ切ってしまい立っていることすら出来なくなる。
恐らく、当時の私は70~80歳代レベルまで体力が落ちていたのではなかろうか。

これはマズイと思って太極拳を始めたのが40歳の時だ。
太極拳を始めてからは徐々に体力を取戻し、体も丈夫になっていった。

なので、太極拳が健康にいいといいうことは私自身、自信をもって言える。
が、なぜ?と言われると、うまく答えられないかもしれない。

私は栄養学が専門だが、気功学はまだまだ勉強中の身だ。
栄養がもたらす健康は医学的に説明できるが、気功や太極拳で得られる健康は説明しづらい。

ただ、もし、“気”を“空気”に置き換えて説明するならば、人間は水と栄養だけでは生きて行けない。
空気が絶対必要不可欠。
人間が一日に吸う空気の量は4畳半一間分の空気だと言われている。

その空気がきれいな空気か汚い空気かどちらがいいかと言えばきれいな方が良いに決まってる。
が、もし同じ環境で同じ空気を吸わざるを得ないとすれば、いかにして健康的な呼吸ができるだろうか。
その空気の吸い方の質を変えることで、気功学上では健康が得られると言われる。

一時、波動という言葉が流行ったが、気持ちの持ち方で物質を分子レベルで変えてしまうことが出来るというのは科学的にも立証されたが、まさにそういうことなんだろう。
体内に仮想上の高性能エアクリーナーを備えたことと同じになる。

他にも“気”を“光”に置き換えて考えることも出来そうだが、またそのことは追々考察してみようと思う。

楊式太極拳を選んだ理由 その4

私が初めて習った太極拳は伝統楊式太極拳だが、型を一通り覚えると今度は99式太極拳を教わった。
楊式が平面的な動きに対し、99式は立体的な動きで、又、楊式はどちらかといえば男らしく、99式は女らしく感じた。
先生にその感想を言ったら、「そうだね」と。先生も同じように感じていたようです。

楊式太極拳よりもさらに緻密な動きを要求される99式は学びがいがあり、とても張り切っていたのだが、その後、仕事に追われ、引っ越しもあったりで、結局最後まで習得することができなかった。

が、99式太極拳は24式太極拳のようにどこでも教えてくれるものではなく、私はなんとか続きを学びたい一心でいろんな教室を渡り歩いた。
何件か回って、ようやく99式を教えてくれる教室を大阪でみつけた。

そこでは、東京で習っていた内容とほぼ同じで、これで続きが学べるととても嬉しく感じた。
しかも、気功を重視している教室だったので、願ったり叶ったりだ。

先生が細かな説明もしてくださるので、これまで謎めいていたことも明確になり、より質の高い気功を学ぶことができたし、持病だった慢性的な腰痛や肩こりもなくなり、姿勢もよくなった。
ようするに姿勢を良くするために正すのではなく、気の巡りをよくするために正しい姿勢が要求されるということですね。

太極拳を学び始めると、どこの教室でもまず姿勢を正すこと(立身中正)を指導されると思うが、なぜ姿勢を正さなくてはならないのかまでは、なかなか教えてくれない。
こういうことが解っているのといないとでは大違いだと思うし、そもそも疑問を持ちながらでは練習にも身が入らないですしね。

特に99式では力を抜くこと(放鬆ほうしょう)が求められる。
いわゆる表演系太極拳でいうモダンバレエのような美しい動きではなく、見た目はまるで操り人形のようだ。
が、その放鬆パワーは、実際先生が技をかけてきた時に驚かされることになる。

話がそれてしまったので無理やり戻します。(笑)

いずれも、この気功をきっちり行ってから楊式太極拳に入ると、力が抜けた状態で演武することができるし、動きながら気の粘りを感じることもできる。
無駄な力が入っていなければ、実戦の時には俊敏な動きが可能だし、熟練すれば頸を発することも出来る。(という)
これはストレッチ運動を行っただけでは決して得られないものだし、これこそが楊式太極拳の醍醐味だと私は感じている。

2013年4月11日木曜日

太極拳は速い強い!?

太極拳というと、そのゆっくりとした動きから、お年寄り向けの健康体操というイメージかもしれないが、とんでもない。
たしかに、健康目的の太極拳であればそうだろうが、少なくとも武術として習ったことのある私からすれば、太極拳はメチャメチャ速く、そしてとてつもない破壊力を持つ。
実際にスピード比較をしたことはないが、その繰り出す拳の速さは同じ年代の人の長拳のスピードとは比にならない。

なぜだろう?
私もまだまだ未熟なのではっきりしたことは解らないが、多分力を使っていないからだろう。

普通に考えれば力を使った方がスピードが出そうに感じるが、今私が習ってる伝統拳の師は、そのひょろひょろの体型からは想像できないほど、拳が飛び出すと速い。
目の前に拳が来るまで全く見えないのだ。
寸止めしてもらっていなければ、どうなるかと考えると恐ろしい。

太極拳の破壊力は打撃力ではない。
気のパワーが頸へと変わり、その威力が拳を通して、相手の体を貫通させることができるという。
なので、実際はスピードはいらないぐらいだ。

その威力を初めて目の当たりにしたのは、東京で習っていた頃の団体の道長の模範対打。
道長はマイクを持ちながらその拳の威力の説明をしており、普通に突っ立ったままマイクを持ってる反対の手で相手の腹にふわっと拳を入れた。
今のは予行かな?と思ったらとんでもない。
そのまま相手は気を失って倒れてしまった。

拳から頸が発せられたことで、いわゆる外部を叩かれたのではなく、内部を叩かれたのだ。
もし手加減せずに100%の力で頸を発したなら、内臓破裂で即死なのだそう。
気は美容、健康に素晴らしい効果をもたらすが、使い方によっては殺人兵器にもなってしまうという恐ろしさ。

ところで、私は水が好きだ。
水は人間にとってなくてはならないものだし、水は人間にとてもやさしい。
人間の体の60%は水で、水を飲むことで健康をもたらし、そして美しさも与える。
どんな形にでも変幻し、気化すれば重い蒸気機関車を動かすこともできるし、猛烈な勢いで噴射すれば鋼鉄に穴をあけることも出来る。

なんだか、太極拳で使う気(頸)にとても似ている気がする。
やさしいけど怒ると怖いのだ。

2013年4月10日水曜日

太極拳で気持ち良くなるために

私が最初に習った先生が、とにかく気持ちよさそうに演武されるので、最初から私も同じように気持ち良くなりたいと思いました。
演武が始まると先生はまるで別の世界に行ってしまわれ、生徒のことなんかてんで忘れてらっしゃるようでした。
終わった後、先生に尋ねてみると、確かにそうだと認めておられましたし。(笑)

太極拳はゆっくりやればやるほど、足腰に負荷がかかるので初心者は辛いのですが、先生は構わずご自分のペースです。
こちらに合わせて早めに動いてくれるといいんだけど・・とも思いましたが、逆に言えば、自分がゆっくりでも演武できるようになれば良いというモチベーションにもなりました。

さて、太極拳の演武で気持ちよくなるためには?

それは、まず套路(型)を覚えてしまうということだと思いました。
「次の動作はなんだっけ?」と考えながら演武していたのでは決して気持ち良くはなれません。
だから、早く覚えてしまおうと。

次のステップとしては、覚えたはいいけど、今度は技量的な問題が生じます。
木彫りでいえば、最初はざっくりと大まかに荒削りし、そして細かな部分に彫刻刀を入れていきますが、
正しい動作が出来ていなくてはどんなに型を覚えても、気持ち良くはなれないと思いました。
なぜなら、「こんな演武でいいのだろうか?」などと思いながらしていること自体が気持ち良くないですから。(笑)

で、今の私はどうか?
正直言えば、気持ちいい時もあれば、そうでない時もあるという感じです。
10回通したとして、そのうち1~2回あればいいほうでしょうか。

なぜなら、やれどもやれども課題が生まれてくるからです。
なので、まだまだ無の状態で演舞するには時間が掛かりそうです。

頭の中を空っぽにし、まるで自分の体が何者かに操られているがの如く、空気に溶け込んでいくようなイメージ、そういう瞑想状態で85の動作を行うには、あと何年かかるのでしょう?

これこそが太極拳から抜けられない理由なんでしょうね。(笑)

陳式太極拳との出会い

昨夜は陳式太極拳の練習日だった。

まだ初めて2か月ちょっとだが、とにかく最初の印象は“難しい”だった。
なにしろ、立ち方も足の出し方も手の形も楊式太極拳とはまるで違う。

そもそも陳式を始めたキッカケは、中国のある有名な老師を動画サイトで観てからだ。
とにかく素晴らしく、息をのむような演武で、完全にくぎ付けになった。

あとは、ミーハーだが、太極拳の中国映画(太極英雄)を観て素直にカッコイイと思ったし、自分もやってみたいと思った。
楊式太極拳の動きが大河のようにゆったりとしたイメージなら、陳式太極拳は日本海の荒波のようにうねるようなイメージだろうか。

去年の暮頃、いつも通り近くの公園で形意拳の練習していたら、ある人に声を掛けられた。
「形意拳ですか?」と。
太極拳を知らない人はいないにしても、形意拳を知っている人はそうそういない。
100人に1人もいないのではないだろうか。

だからビックリした。
話を聞けばすぐ近くの道場で教室をしているとのことだったので、興味をもった私は早速道場を訪れてみた。
そして話を聞いてさらにビックリ。
実はその方、私が動画サイトで観た、あの老師のお弟子さんだったという。
なんという偶然だろうか?

いずれ私の方から老師を訪れようと思っていたら、向こうからその機会がやってきてしまったのだ。
私はこの機会を逃すまいとすぐに先生に入門を申し込んだ。

そのような経緯で、難しいながらも陳式太極拳にハマりつつある今日この頃です。
そもそも難しいからこそ楽しいんでしょうね。

2013年4月9日火曜日

楊式太極拳を選んだ理由 その3

伝統拳から入った私は、フォーム重視の制定拳に少々戸惑いを感じていましたが、確かに見た目は美しい。
気持ちよさそうに見えるというより、きれいに整っているという感じです。
だから整えないとダメなわけです。

そのためにストレッチ、筋トレをたっぷりやらされ、それに歩形や歩法、各種技もひとつひとつ丁寧に教えて頂いた。

ただ、私はどちらかというと丸暗記が苦手な感覚人間なので、苦労しました。
何度も何度も同じことを指摘され、幾度叱られたことか。(汗)

丸暗記が得意な左脳系の人は制定拳の方が向いてると思います。
右脳系の感覚人間はやっぱり伝統拳でしょう。

結局いつまでたっても、制定拳にハマりきれず、常にギャップを感じていましたが、乗りかかった船、ひとまず納得行くまで頑張ってみようと。

それで、24式太極拳、総合太極拳、42式太極剣、長拳、剣術、功夫扇、
いろいろ学びました。

特に長拳に関しては剛拳や外家拳といわれる武術ですから、もはや太極拳ではありません。
わずか1分か2分の型なのに、やり終わった後は心臓が飛び出さんばかりに高鳴りし、激しい息切れを起こしていました。
これがもし実戦なら、1~2分でやられてしまうことに・・

まあ、それでも練習の成果もあり、そこそこ演武できるようになっていました。

が、しかし、やっぱり伝統拳の気持ち良さが忘れられず、結局2年ちょっとで見切りをつけ、伝統拳の師を探す旅に出ることになりました。

(続く)

2013年4月8日月曜日

丹田から動く

今、楊式太極拳を通してで練習していたのだが、
私の場合、毎回テーマを決めて練習している。

例えば、今日は腰をゆるめることを重視してやろうとか。(鬆腰:しょうよう)
首が傾かないよう、顎が出ないよう意識して練習しようとか。(虚霊頂勁:きょれいちょうけい)
手と足の動作がばらばらにならないよう気を付けながらやってみようとか。(上下相随:じょうげそうずい)

欲張ってあれもこれも気をつけながらやろうとしても、まず無理ですね。
テーマひとつでやっていても最後の方では忘れるぐらいですから、複数のテーマを最後まで気をつけながらなんて出来っこないのです。(少なくとも私は;)

仮にそうしようとしたら、今度は套路そのものを忘れてしまいます。
あれ?この単鞭(たんべん)はどこの単鞭だっけ?みたいな。(笑)

とにかく伝統楊式では単鞭が頻繁に出てくる。
曲の中でメロとメロをつなぐ間奏やキメみたいなもんでしょうか。

今日は丹田から動くということを意識しながら套路を通してみた。
やっぱりこれですね。
最高に気持ちいいし、ゆっくり動いていてもじんわり汗もかくし、なにより手も足も動きがとてもしなやかになる。
手から動くとどうしても固くなりカクカクするが、腹から動けばすごく柔らかくなる。

力の伝わり方も自然と、足>股関節>腹(丹田)>肩>肘>手首になるし、気が通っているせいか掌がポカポカ暖かくなる。

あまりにも気持ちいいので、しばらくはこのテーマで続けてみよう。

楊式太極拳を選んだ理由 その2

こうして私の中で、楊式太極拳=気持ちいい という図式が出来上がりました。

先生の動きが海の中でゆらめく海藻のようにみえたり、
手の動きが魚のひれのように見えたり。

実は私は鳥と海洋生物が大好きで、ずっと見ていても飽きません。
鳥は鷹、海の生き物ではマンタが好きです。
太極拳の動きはそれらとすごく似ています。

とにかく気を操るようになるためには完全に力を抜かなくてはなりません。

そうこうしているうちに、仕事の都合で遠方に引っ越さなければならなくなり、しばらくは近くの公園で一人で練習してたのですが、それでは物足りなくなり、その後、近くでみつけた太極拳教室に通うようになりました。
そこでは今まで教わった太極拳とはうってかわって、最初にストレッチや筋トレを十分行い、逆に気功はありませんでした。
少林拳のような突きや蹴りの練習もたっぷりとやらされ、慣れない私はヒーヒーとうめき声をあげながらの練習になりました。

そういえば低い姿勢をとる下勢(かせい)や足を高く上げる踵脚(とうきゃく)、それに回し蹴りをしながら足の甲で手を叩く轉身擺蓮(てんしんはいれん)等は、その技をきちんと完成させるために別の練習が必要だろうなと前々から感じていました。
ここではそういう練習を重視していたわけですね。

しかし決定的に違ったのは極めて正確なフォームの要求と、脱力が許されないことでした。
最初に習った伝統拳ではフォームはあまり重視されませんでした。
いわゆる戦術としてのフォームが出来ていればいいのですから。
又、伝統拳では気の通りを良くするために脱力しなければなりませんでしたが、今度はそれがタブーで、常に手や足に緊張感を持たせしっかりと正確なフォームをつくらなければなりません。

ここで素朴な疑問が沸いてきます。
武術的に、経路(気の通り道)を塞いでまで正確なフォームをつくる必要が本当にあるのだろうかと。
この太極拳が制定拳であることを後に知ることになります。

(続く)

2013年4月7日日曜日

楊式太極拳を選んだ理由 その1

私が初めて習ったのが、伝統楊式太極拳でした。

まるで水の中でゆったりと泳いでいるような先生の演武を見てうっとりし、自分も同じように演武してみたいと。
さぞかし気持ちいいだろうな~と思いました。(先生が気持ちよさそうに演武してらしたので)

とにかく、その様からはとても武術という感じはなかったけど、それが余計に好奇へと変わりました。

もし、これが女性の先生なら多分それなりにしっくり感じていたと思います。
だが、私が最初についた先生はどちらかというと少し近寄りがたい強面の男の先生だった。
なのに、美しい。(笑)

実際に習い始めてみると、先生のようにうまく力を抜くことが出来ない。
というより、全身ガッチガチで、すぐさま力を抜くようにと言われた。
元々、空手と剣道をかじっていた私は力を抜くということが最初全くイメージになかったから。

しかし、その後もなかなか力を抜くことができない。
なぜか?
後に私はその理由に気づくことになる。

部屋で椅子に座っている時に、なんとなく手だけで太極拳をしていたら、先生のように力が抜けた演武をすることが出来たのだ。
なるほどと思った。
足腰がしっかり出来ていないから、その分、肩や腕に力が入ってしまっていたのだ。

それからは、私はわざと上体を低くし足腰の鍛錬になるように練習し始めた。
その効果は間もなく現れ、足腰が安定してきた頃、椅子に座って演武していたのと同じぐらい力を抜いた演武が出来るようになっていた。

このあたりからです。楊式太極拳の気持ち良さを感じ始めたのは。

(続く)

2013年4月6日土曜日

太極拳指導一日目

今月からサークル活動を開始し、一昨日初めて太極拳指導を行った。

今までは先生の背中を見て稽古してきたが、逆に自分が背中を見せる立場になってみると、なんだかとても頼りない気分だ。

教え方はこれでいいのだろうか?
皆はちゃんと付いてきてくれてるだろうか?と。

鏡のない部屋だったので、窓ガラスを鏡代わりにするのだが、かろうじて自分がぼんやり写る程度。
ぱっと後ろを見ると、案外皆ついてきてくれていてほっとしたり。
この、なんとも頼りな~い感じが、快感になっていくんだろうな。(笑)

元々バンドでライブ活動をしていたので、人前に立つのが好きだし、
ビジネス上でもこれまで数多くの人を指導したり、講演などもそれなりにこなしてきた。

が、それとは明らかに違う。
どれも対面して演奏したりトークしたりするわけで、相手側の表情や反応がわかるし、
ひとりでも反応があればこちらもどんどんノッテくる。
でも、見えないんですよね。後ろ向いてると。(笑)

そもそも、太極拳を教えたいと思いだしたのは、習い始めるのとほぼ同時ぐらいだった。
だから、習ったことをいつでも人に教えられるようしっかり覚えようと練習に励んだ。
そうこう思ってから早9年。
なんとも時間が経つのは早いもので。(笑)

もっと早くから始めていればよかったのかもしれないし、
9年間下積みをしてきた今だからこそ良かったとも言えそうだし、
とにかく学ぶだけとは明らかに違う楽しさがあり、初日のその夜は眠れなくなりました。

これから、会員の皆さんと共に向上していければいいなと思います。

なぜ太極拳かと振り返ってみる

丁度、新学期ということで前からやりたかった太極拳の話題を今日から書き綴っていこうと思います。

初めて9年目になりますが、仕事が忙しくなったり、引っ越しが続いたりとで途中ブランクもありましたが、一度でも太極拳の味を占めてしまうとやめられなくなりますね。(笑)

見た目はまるで踊りのようなのに、イザ戦うとハチャメチャに強く、しかも健康にも美容にも良い。
見た目の美しさや華麗さから、表演して人に楽しんでもらうことも出来るし、はたまた気を練ることで神秘体験までできる。
他にもダイエット効果やアンチエイジング効果も高く、太極拳をしている人は長寿の人が多い。
世の中に一粒でこれだけおいしい武術もないのではないだろうか?

私がもっとも興味を抱いたのは、見た目はすごく弱そうなのに、半端じゃなく強いというところでしょうか。
初めて先生に技を掛けられた時は、何が起こったかわからないうちに床に叩きつけられていました。
確かにこちらが先に攻撃したはずなのに、なぜ私は床に寝ているんだと。(笑)

一般的な考え方として、強くなるためには筋力を養わないといけないが、太極拳はその真逆で筋力をつければつけるほど、太極拳本来の力を出せなくなってしまう。
ようするに太極拳の武器となる頸力を出そうとするなら、力を完全に抜かないとダメなのだ。

歳をとるとどんどん筋力が衰えていくが、それは逆に気が通りやすくなるということ。
すなわち、死ぬまで強いのが太極拳なんだと教わりました。

それを知ったらやらない理由はなにもみつからなかったですね。(笑)